誰しもいろいろな理由でうつ的になることがあると思います。自分も2年前にそのような状態になりましたが、般若心経一万回唱えることを目標にして見事に元気を回復しました。そんな経験を書いてみたいと思います。
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 般若心経も9300回を超えました。もうすぐ一万回に到達します。般若心経を唱えていて良いのは、その間は、日常的なことを忘れることができるということでしょうか。そして、脳の中心から快感物質がでるのか気持ちよくなってきます。その喜びは、世間一般の喜びとちがって、外にある物や人に依存することもなく自分自身の内側から、わき上がるよろこびです。それは、力強い絶対的な喜びといえるでしょう。

 このブログを書いているのも、そうした喜びをできるだけたくさんの人と共有したいと思うからです。

 本当につらい時は、薬や医師やあるいは聖者など誰かに依存して、その苦境を救ってもらうというこも必要ですが、ある程度落ち着いてきたら、般若心経を唱えてみるのも一つの方法かと思います。

 このことに関連して、プンジャジはこんなことを言っています。

「苦しみは過去の問題、人生で体験したショックは出来事が源因となっている。人々は、その問題を解決するために、宗教関係のセンターヨーガ・センター、セラピー・センターなどあらゆるところを訪れる。それが私が西洋で見てきたことだ。誰もが関係性の破局などから生じた問題を解決しようとセンターからセンターへと渡り歩いている。だが、彼らは、間違った方向を見ているのだ。自由、解放、苦しみの終焉をセラピーの類に見いだすことはできない。だからこそ私は自由への想いを呼び起こすことは、実に希なことだと言うのだ。それは、本当に希なことだ。そのようなセンターにゆく人は問題から逃げ出しているだけだ。彼らは、普段とは違う身なりをしてヨーガや瞑想をすることで逃避している。彼らは、なにかの問題を解決するためにきているだけだ。誰は「私は自由を達成したい」というのものはいない。自由を求める人は本当に希だ。実に希なことなのだ。

・・・・・そうだ、すべては間違った自己同一化から起こる。苦しみは不運、過去の誤りから起こるとも言えるだろう。だが、主要な原因は身体とその感覚との自己同一化にある。人々が犯す主な過ちは、感覚器官を通して幸福を見いだそうとすることにある。ひとたびこの過ちを犯せば、あなたは一つの関係性から別の関係性へ苦しみ続けるだけだ。このような状態にある人はじばしば深刻な問題に巻き込まれる。

・・・・・人々は深刻な問題に巻き込まれ、どう対処していいかわからずいる。私はそのよな人をたくさん知っている。一人や二人ではない。彼らは、アーシュラムやセンターを訪れてみたもののなんの改善も見られなかった。真の変化は、幸福や愛が外側の物事とのやりとりから生じることはないと真に理解することで起こるのだ。」

 真に理解するには、どうすればいいのか。それが問題ですが、般若心経を繰り返し繰り返し唱え続けることが、もっとも簡単で深く自分の潜在意識に入る優れた方法だと思います。
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【2008/04/22 09:50】 | 心と身体
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