誰しもいろいろな理由でうつ的になることがあると思います。自分も2年前にそのような状態になりましたが、般若心経一万回唱えることを目標にして見事に元気を回復しました。そんな経験を書いてみたいと思います。
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wasi
前々から、スカイイーグルとチキンイーグルの話を引用していますが、今日は、迷えるあなたのためにその話を全部引用してみたいと思います。最近では、アラサーティーという言葉もあるそうですが、本当の自分がだれであるか。答えがわかるまで、人間は、だれでも心の奥底で死ぬまでその問いを発し続けるのではないでしょうか。

 ちなみにアンマは、「私たちは、迷える子羊ではなく、王者のライオンであることを覚るためにこの世にやってきたのだ。」と言います。

 (アンマの目覚めよ子供対という本の中から以下に引用します。)

 ある時鶏が雛をかえそうと、卵を抱いて座っていると、そのなかにどうしたことか鷲の卵が一つ混じっていた。鶏はそのことを思い悩みながら卵をあたためていた。しばらくするとすべての卵から雛がかえった。鷲の子はひよこたちといっしょに育った。ひよこたちと同じよに、足で土をかいたりして虫をさがしていた。鷲の子は本当の「自分に気づかず、自分が王者の鷲であることをまったく知らなかった。

 何ヶ月も月日がたって、ひよこは皆立派な鶏になり、鷲の子も立派な鷲になった。しかし、それでもまだ鷲は、鶏と生活していて、自分は仲間であると思いこんでいた。深い錯覚にとらわれていて、自分は農家の庭先の鶏と同じだと思っていた。

 ある日たまたま、空高く舞っていた別の鷲が、この鶏鷲が土を掘って虫をついばんでいるのを見かけた。空を飛んでいたこの母鷲は、我が目を疑った。そして、この鶏鷲の目を覚まさせて錯覚から救い出そうと心に決め、その機会をうかがっていた。

 ある日、鶏鷲が一人きりでいたので、母鷲は空から舞い降りてきてそばまで近寄った。鶏鷲は、空から舞い降りてきた鷲を見るなりとても怖がって、鶏のようにコケコッコーと大きな鳴き声を上げた。すぐさま仲間の鶏がみんな飛び出してきて、鶏鷲を守ろうとして駆け寄ってきた。 

結局、空の母鷲は、この日はその使命を果たせずに、飛び去らざるを得なかった。しかし、それから間もないある日のこと、鶏鷲が、仲間から遠く離れて一人でいたので、母鷲はもう一度近づくチャンスができた。鶏鷲は怪しんで逃げようとしたけれど、母鷲はなんとかなだめてそれを止めることができた。そして、鶏鷲に、あなたはただの農家の鶏ではなく自分を同じように、空高く舞い上がることのできる王者の鷲のなのだと、説明した。

 母鷲はこういったのだ。
「あなたは地上にいるべきではないのよ。広く果てしのない大空が、あなtの本当の棲む家なのよ。私についていらっしゃい。空高く飛ぶ喜びを味わってごらんなさい。あなたにもできるのよ。私とまったく同じで、同じ力を持っているのだから。さあ、試してまなさい。」

 こうして母鷲は、鶏鷲を説得しようとした。はじめのうち鶏鷲は、まったく信じようとしなかった。これは何かの悪巧みかもしれないとすら思っていた。でも、母鷲の決意は固く、あきらめなかった。忍耐強く、徐々に鶏鷲の信頼を深めるようになった。そして、鶏鷲に近くの湖までついてくるように頼んだ。鶏鷲は母鷲を信用し始めていたので、信頼して湖までついて行った。

 ともに水辺に立つと、母鷲はこういった
「ほら、水面を見てごらん。水面に映った自分の姿を覗いて、私たちがそっくりなことを見てごらんよ。」

 鶏鷲は、鏡のように澄んだ水面をのぞき込んだ。何度も何度も見直してみたが、自分の目が信じられなかった。自分自身を何かに映して本当の姿を見たのは、生まれて初めてのことだった。そして今、自分が実は鶏とは似てもにつかぬ姿で、母鷲とそっくりであることを知ったのだ。この体験の後、鶏鷲は母鷲に、深い信頼をよせるよになった。

 自分に大きな自信ががつきつき、母鷲が指示することすべてに無条件に従うようになった。はじめのうちは鶏鷲は、地面から飛び立つことが難しかったけれども、間もなく二羽の鷲が一緒に空を舞いながら、堂々と優美に天に舞い上がっていくのが、見られるようになった。

 アンマは言う。
「ほとんどの人が、鶏鷲のように本当の棲み家を知らずに、無知の中で人生がすぎてゆくのよ。」 アンマは、思い出させようとして言う。「子供たち、あなた達は、全能の真我ののよ。全宇宙があなたたちのものなのよ。あなた達は宇宙の支配者で、いや、それどころかあなた達は、宇宙そのものなのよ。自分を非力で限られた存在だと思わないで!」

(以上、引用を終わります。)

 自分たちが、宇宙そのものだという言葉は、実にありがたい言葉です。もちろん、これは私たちが、小さな「私」という殻から抜け出した時に、全てのエゴと思いこみを捨て去った時に初めてそう言えるのであって、けっして、エゴを助長する言葉ではありません。
 たいへん長くなりましたが、少しでも皆さんの自分探しの参考になれば幸いです。
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【2009/07/15 18:26】 | 心と身体
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