誰しもいろいろな理由でうつ的になることがあると思います。自分も2年前にそのような状態になりましたが、般若心経一万回唱えることを目標にして見事に元気を回復しました。そんな経験を書いてみたいと思います。
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 ラマナ・マハラシというインド人の聖者のお弟子さんで、プンジャジという人の「覚醒の炎」という本にこんな話がある。以下、要約をして引用してみたいと思います。

 ある王が隣国が彼らの領地に侵攻してきたために、大きな戦争をして凱旋したところに彼の師が訪ねて来た。王が師を招き入れて自分の席を譲った時に戦の疲れで一瞬眠ってしまった。その一瞬の間に王は夢をみた。その夢のなかで王は乞食となり何年も物乞いをしている老人だった。

 そこで王は、師にたいして、夢のなかの乞食としての自分と王としての自分のいったいどちらが、現実なのかと尋ねた。それに対して師は答えた。

「どちらも現実なのだ。・・・・そして、今あなたは「私は夢から覚めて現実に戻った」と考えている。だが、あなたがいる非常に現実味を帯びた状態もやはり夢でしかない。それでも、そらが続く間は、それが現実のように見える。だが、いつかあなたはこの夢から目覚めるのだ。」と。

 
 王はうたた寝をして、70年間を乞食として苦しんだ。そして、それから目を覚ました。その人生は一瞬のうちに起きた。あなたが真我に目覚める時、三千五百万年の間に誕生に誕生を重ね、その度に際限のない苦しみを味わってきた転生のすべても、やはり一瞬の夢でしかなかったことを知るのだ。「これは、みな夢だった。輪廻転生もみな夢だった。」と。
 賢者はこれを知っている。だが無知な心はなにも知らない。そえでも無知が取り除かれれば智慧はそこにある。智慧がすべてをぬぐい去り、乞食の状態はあたかも一度も存在したかったように消え去るのだ。これがすべての人にとっての最終的な運命なのだ。遅かれ早かれだれもが目を覚ます。

 今、どんなに苦しくて悲しくても、所詮、それが夢だと思うことができれば、その苦しみや悲しみから抜け出すことができる。三千五百万年でさえ、夢のように過ぎ去ってしまうのだから、今生の苦しみなんてごくわずかなな期間なのかもしれません。
 そう思って繰り返し繰り返し、般若心経を唱えていれば、しだい身も心も軽くなってきて、いつしか悩みそのものを忘れてしまいます。
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【2008/04/16 16:56】 | 心と身体
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