誰しもいろいろな理由でうつ的になることがあると思います。自分も2年前にそのような状態になりましたが、般若心経一万回唱えることを目標にして見事に元気を回復しました。そんな経験を書いてみたいと思います。
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 サマナサーラ長老の話から引用してます。

「我々、一切の生命は眠っているんだ」
我々は夢の中に生きているんだから、実際何が起きているか解らない。
夢の中とは優しい言い方で、ほとんど死にかけているというのがお釈迦様の言葉です。
では死にかけているとはどういうことか?
我々の心っていうのは、妄想、幻想、幻覚の中で生きていて、けっして具体性、事実性、真理性は無いんです。夢の中に生きているんです。なぜ夢の中に生きているのかというと情報をねつ造するんです。
どんな人の体にも 眼・耳・鼻・舌・身に何か触れているんです。そして瞬時にそのデータを自分の都合によって、ねつ造してから認識します。ねつ造して認識して、さらに 意で回転して自分だけに限った世界を創るんです。それで結局ねつ造した、ねじ曲げたデータを頭の中でなおさら回転させるんです。考えちゃうんですよ。
色んなことを考えて、頭の中で凄い「妄想」の世界を創るんです。それに人間ていうのは自分が考える事をカッコいいと思っているんです。
それで自分だけの世界が現れるんです。

同じものを見ても同じ認識は起きません。同じものを聞いても聴覚はバラバラです。
私は私だけの世界にとじ込まれて生きている。この世界は他人は知らない。私は自分勝手に認識する。そういうことで同じ食べ物にしても一人一人が自分の世界を持っているんです。
ですから私は水をいっぱい飲んでどんな味を味わって、どんな気分を感じるのかということは、私以外誰も知りません。
そういうことで我々は世界と対立するんです。
私が知る!ゆえに私こそが正しいという生き方をするはめになるんです。
欲、嫉妬、怒り、傲慢、憎しみ、高慢、自我(エゴ)、対立、競争などの煩悩が生じる。生きるとは苦になるんです。
自分だけの殻を創っちゃいますからね、これ他人と全く関係ない、他人全然知らない。私だけの殻の中にいるから1500の煩悩が生じるんです。

「私は正しくない」と決めても、他人が正しい訳でもありません。
それで次のステップ、「私こそ正しい」ということをやめましょうと。
時々いますよ「私が間違った」という人いるんです。「私の考え方が間違った」「私の言い方が間違った」「私の育ち方が間違った」とかいう人もいるんですけど、あれも間違いなんです。それは誰かさんの生き方が正しいと推測、仮定しているんです。どなた様も間違っているんです。だから自分が正しいと思うことは間違いですが、自分が間違っているということも成り立たない。

我々は自分だけの妄想の世界で生きている。見るもの、聞くもの、学ぶものの全てを自分だけの妄想の夢の中で解説して理解する。
お茶を一口を口に入れる時も、頭の中は妄想でいっぱい。たとえ味わったとしても、無数の妄想概念で評価して味わうのです。
だから我々人間はたった一口のお茶ぐらいの味さえも知る事が出来ない。
我々は自分の時間の99.98%妄想で気づきあげた世界の中で生きている。
事実をありのままに見る余裕も暇もありません。
あらゆる妄想幻覚の世界にいるから時間がかかる。
インターネットなど情報システムが発達すると我々は錯覚するんです、凄い世界が広がっているぞと。ホントはどんどん世界が狭くなっているんです。自分とパソコンだけの世界。妄想幻覚の世界、俺は世界中とコンタクトとっているんだぞと。
昔の時代の方が近所の人と話をしたり、自然の生き物と触れ合ったり、世界が広いんです、自分の殻が大きい。

我々は自分の時間の99.98%妄想で気づきあげた世界の中で生きている。
妄想の中で天国を創っているならよいのですが、地獄、餓鬼道、畜生、阿修羅の世界を創っている。
創るなら慈しみの世界を。
過去生で貴方の母にならなかった蟻一匹いない 一匹一匹の蟻でも私の母であった事もあります。父であった事もあります。弟、妹であったこともあります。

我々は殺し合いをやっている、自分だけの妄想世界だからなんです
我々は頭の中で拷問される部屋を創っちゃって、自分で自分を拷問しているんです。
だから精神的な病気になったりします。
だから夢の中で出来る事は正しくない
どうしても生きたければ、美しい、清らかな、優しい世界を創って欲しいんです。
お釈迦様が推薦するのは、情報を知ってくださいよ、情報をねつ造しないでくださいよ、自分勝手に、ということ。
自分勝手に考えるのなら夢の中でしょうに。永遠な夢の中にいる人は、殆ど死んでる同然でしょうに。

正しくすべてありのままに見る。
今、我々はあって欲しいままに見ようとふんばっているんです。
例えば犬を飼ったところで、自分の妄想の中に犬のイメージがあります。そのイメージに飼った犬を合わせよせているんですよ。だから犬にとっても拷問状態になるんですよ。自分にとっても同じ状態になるんです。恋愛も同じです。
真理に目覚めないんです。
なぜならあって欲しいままに見ているんです。
では夢を破る為にどうすればいいのか?

サティ「気づき」というたった一つだけなんです。それで悟りに達するんです。
過去の事も将来の事も無視して、今の瞬間の出来事を観察するんです。
あの99.98%の時間を有効に使えるんです。
一切の思考を停止するように励むんです。妄想が破れていくと同時に真理、ありのままの事実が現れてくるんです。
それで目覚める方法は簡単です。過去を置いておく、将来を置いておく、「今」に自分の生き方をしぼってくるんです。「今の瞬間」だけにしぼってくるんです。それだけに集中していくとホントの真理があらわれてきます。宇宙、生命の秘密がどんどん見えてきます。それで初めて真理の発見なんです。だから過去を忘れる、将来を忘れることが目覚めなんです。
妄想の悪循環を破らないかぎり、真理の発見は出来ません
妄想すること、夢の中にいること、ほとんど死にかけている状態を破って欲しい。
 
彼は、スリランカのお坊さんでしょうか。
ずいぶん前にNHKの心の時代かなにの番組にでたのを覚えています。
この世の現実と思っていることも実は、夢でしかないのかもしれません。
そう思えば、どんな状況にあろうと気が楽です。
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【2008/02/29 09:19】 | 心と身体
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大多数の人にとって、ゆっくり落ち込んでいる暇はないのではないでしょうか。皆、生活やローンに追われているでしょうから、しばらく休みをとって、心の回復を待つ余裕はないように思います。とくに今は、医療をはじめすべてが崩壊しかかっていますから、経済的にも追いつめられてしまい、逆にそれが憂鬱や不安をいっそう強くしているのだと思います。あせれば、あせるほど深みはまってゆくいようなそんな気持ちではないでしょうか。

 だらからといって酒や薬物に依存しても、アル中や薬物依存など他の症状をひどくするだけでしょう。
何かに頼るとするなら、本当の自分自身、意識の中心にいる神意識にすべてを投げ出して、助けを求めるのが一番です。この世のすべての現象が、結局は、「空」幻想であって、波のようにたえず変化していますが、本当の自分は海の底にいて、波の変化にはまったく影響されることもなく、いつも強力なエネルギーと喜びに満ちているということに気づけば、その時、一切の苦しみから救われるのです。

 般若心経を唱えるということは、そのことを何度も何度も口から出して唱えながら、自分の身体と潜在意識に染み込ませて行くことです。そうすることではじめて自分の苦しみの原因が、自分自身の執着にあったことに気がつくのです。そして、執着をひとつひとつ手放すことで、本来の自由でやわらかな赤子のよな心の状態に帰って行くこととができるのです。

 般若心経を唱えることにはお金はいっさいかかりません。今、すぐここから唱え始めることができます。最近は、インターネットでもたくさんのサイトがありますので、本などもっていない人はそんなサイトをのぞいてみるといでしょう。

 今調べてみたら、こんなサイトもありました。般若心経

【2008/02/29 07:41】 | 心と身体
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